もう一つの視点

真理は少数から始まる

「~に違いない」

 学術論文で「きっと、~に違いない」という表現を見かけることはない。しかし、自治体のプロジェクト報告書などを読むと、この表現が多用されているケースが目につく。

 冷静に考えると「きっと、~に違いない」は奇妙な言い回しだ。事実なら「~である」と断言すればいい。証拠がないのなら、主観を排して「~ではない」と書けばいい。はっきりしないのであれば、「~は不明である」「~の可能性がある」などと記すべきだろう。「きっと、~に違いない」と主張されても、読み手は困惑する。むしろ、そのような記述に出会うと私は警戒してしまう。相手を煙に巻こうとする、不誠実で怪しい表現に思えてならない。

 おそらく「~に違いない」は、専門外の人間が調査を行い、確たる証拠を欠いたまま「これが正しい」と主張したい時や、強引に他人を説得しようとする際に使われるのではないだろうか。

 公的な場や論理的な文章においては、客観的な事実や根拠を丁寧に積み上げた上で、「こうではないだろうか」と控えめに、かつ論理的にまとめるのがちょうどいいだろう。

「ナンバーワン」と「飛距離」を巡る誤解―美しい響きの誘惑

 現実の社会では、個人も企業も上を目指して日々切磋琢磨している。頂点を志す強い意思こそが進歩や発展の原動力であり、その懸命な努力の積み重ねが、豊かな人生を形作り、科学技術や文化、経済を向上させてきた。

 それにもかかわらず、「ナンバーワンにならなくてもいい」あるいは「飛距離よりもどう飛んだかが大事」といった歌詞の曲が大ヒットし、多くの人が何度も耳にし深く刷り込まれることには、強い懸念を抱かざるを得ない。こうした表現は、人間が本来持つ向上心や、現場の熱意を軽視する、実社会の道理に反した考え方である。

「2位でもいいや」という思いでは、物事に本気で向き合わない怠惰が蔓延し、個人も社会も衰退へ向かう。日常生活や学習、科学技術といったあらゆる分野において、高みを目指す意思なくして向上することはない。人間は向上心を持ち続けなければ、現状を維持することさえ難しいのである。

 真に豊かな未来を築くためには、常に「一番」を貪欲に目指す姿勢が必要である。単なる自己満足の生活では、低いレベルでなんとなく過ごしたまま人生が終わってしまう可能性も十分にある。できる喜び、頂点に立つ達成感も知らずに生きていくのは、知らないこととはいえ気の毒にさえ感じられる。私たちがより良い人生と社会を追求し続けるためには、耳当たりが良い歌詞などに惑わされず、常に向上心を持って高い目標を掲げ、全力を尽くすことが不可欠である。

「あきらめたところがその人のゴール」であり、人生は「一生勉強」である。

日本の景観美と電線問題

 飛騨高山の美しい街並みがテレビに映るたびに、ここから電線が消えれば、どれほど風情が増すだろうと思う。同様に京都の竹林でも、電線の存在が古都の静かな景観を損ねている。地中化が進んでいる区域もあるが、依然として電線が無造作に空を走る場所が目立つのが現実だ。

 日本の伝統的な町並みや自然美においては、余計なものが介入しない風景そのものの情緒が重要である。電線や電柱によって景観が台無しになるのは実に惜しい。自治体の観光担当者には、より高い感度を持って地域の景観に配慮してもらいたい。

 日本の市街地は電柱が乱立し、空を見上げればクモの巣のように電線が張り巡らされている。その光景は、どこか前近代的なアジアの途上国という印象を拭い去れない。すでに全国に張り巡らされた電線をすべて地中化するのは不可能に近いだろう。しかし、せめて有名な観光地や風情ある地域ぐらいは、街並みを整えてほしいものである。

「試合を楽しみたい」は敗北への一歩

 女子卓球や女子バレーなど、日本代表のスポーツ選手が「明日の試合は楽しみたい」と笑顔で語る場面をよく目にする。

 しかし、このセリフを口にして勝利した選手を、少なくとも私は一度も見たことがない。この言葉を発した選手やチームは、終始相手のペースに飲まれ、単純ミスや自爆を繰り返して実力さえ出せないまま、惨敗を喫するのが常である。

 金メダルを狙うトップアスリートは、試合前に「楽しみたい」などとふざけたことは決して口にしない。極限まで集中し、真剣に勝負と向き合っているからだ。

 そもそも「楽しみたい」という心構えでは、勝負に勝てるはずがない。それは、集中力や平常心、闘争心から逃げているあらわれである。不安を隠すためのハッタリにすぎず、その心の奥底には「負けて早く楽になりたい」という本音さえ透けて見える。

 そんな歪んだ意識で試合に臨めば、無理に楽しもうと焦って心身がバラバラになるのは必然だ。「楽しまなければ」という強迫観念が体をますます硬直させ、自らパフォーマンスを低下させるという悪循環に陥る。

 国を代表して戦う以上、選手は「楽しむ」といったおかしな言い方や考え方を捨てなければならない。そうしないと、いつまでたっても優勝に手は届かないだろう。緻密な分析と作戦に基づき、120%の真剣さで練習に取り組み、150%の集中力と沈着な闘志を持って試合に臨むことは、国を代表する選手の最低限の責任である。

日経平均株価と中道改革連合

 今年に入って日経平均株価が急激に上昇した。衆院の解散報道が決定打になった形だ。しかし、立憲民主党公明党による新党結成の合意報道が流れてから、2日続けて下落に転じている。

 来たる衆院選高市氏が勝利すれば、日経平均はさらに上昇する可能性もあるが、新党「中道改革連合」が躍進すれば、窓を埋める水準まで下落する気配もある。買い時を逃して下落を期待している層にとっては、今後自民党から大物議員が離党して新党へ合流するかが最大の注目点となるだろう。

 野党が自民党との合流や離反を繰り返すばかりでは、どれほど自民党が腐敗しても一党優位体制は終わらない。これでは事実上、独裁国家と大差がない。一党支配のよどみは、経済や国民生活、さらには外交的な地位低下に直結する。政権交代可能な二大政党制を定着させ、安定した政治体制を築くことが必要だ。

 こうした観点から、首相経験者を含む自民党内の中道派議員には、離党という英断を下し、日本に重厚な政治体制を根付かせる役割を期待したい。岸田氏や石破氏も、党内で非主流派として埋没したままでは、政治家として本望ではないはずだ。彼らが新党に合流すれば、自民党や他の野党からも雪崩を打つように離党者が続き、新党の勢力が一気に拡大する可能性もある。

 どちらに転んでもおかしくない状況だ。今は焦らず、もうしばらく政局を注視したほうがよさそうである。