人の意見を聞いて「腑に落ちた」と言う人がいる。この「腑に落ちる」という表現の「腑」は、心や内臓を指し、古くから「心の奥までしっくり理解できる」ことを意味してきた。つまり、頭で理解するだけでなく、感情や直感を含めた全体的な納得感を指す言葉である。
ただし、その納得は、自分の既有知識・価値観・経験に照らして「そうだと思える」状態であり、必ずしも真理や正当性を保証するものではない。人は誰しも、自分の信念体系の中でしか「理解」や「納得」を感じにくいため、「腑に落ちる」ことと「正しいこと」はしばしば異なる。
したがって、人の意見を聞いて「腑に落ちた」と感じたとしても、それは「自分が理解できた・納得した」という主観的な事実に過ぎない。その意見の妥当性や蓋然性とは直接関係がない可能性がある。他者にとっては、その納得が意味を持つとは限らない。むしろ第三者は、「腑に落ちた」という言葉の持つ説得力に惑わされず、冷静にその意見の根拠や論理性を見極める必要がある。