「思い」や「感じ方」は、自分の心が決める。もちろん、「幸せ」も自分の心が決める。
夕食がコンビニおにぎりの時、悲しくなるのだろうか。外国人観光客が、ホテルの部屋で「おいしい。すばらしい」と言いながら、嬉しそうに食べていた。
失敗すると、絶望するのだろうか。確率的にそれがずっと続くとは思えないのに。 冬に桜の花を探してもどこにもない。桜の木を割って幹の中を見たとしても見つからない。しかし、春になると自然に満開となる。
「つまらぬと 思うは小さき 知恵袋」である。見方や考え方を変えてみると、物事に対する認識が変わり、生活や人生も変わることが多い。
とはいえ、人は心だけでできているわけではない。思考をコントロールできても、身体が追いつかず、突然ふっと力が抜けたり、不調が押し寄せたりすることがある。論理で思いを整えられても、身体までは思いどおりにならない。心は元気でも(元気のように思えていても)、勝手に体に様々な症状が出てくる。人間の体とは本当に不思議なものである。
だから、つらい時はつらい、悲しい時は悲しいと思い、もうだめだという時は絶望するということも、身体を守るためにはある程度必要なのだろう。それも、人間らしくていい。人間はロボットではない。
ただ、心のどこかに「冬の枝には見えないけれど、必ず花を咲かせる力が眠っている」ということを、そっと置いておけたなら、ふとした日の道しるべになることがあるのかもしれない。