ラジオから尾崎豊氏の曲が流れてきた。彼の楽曲は当時の若者(13~18歳位の子ども)に、非常に大きな影響を与えたと言われている。
「盗んだバイクで走り出す~♪」というフレーズで知られる「15の夜」は、その代表例である。この曲は、明確に犯罪行為を描いている。調べてみると、この曲が流行していた当時、大阪でバイク盗難が相次いだという記述も見つかる。因果関係を断定することはできないが、少なくとも無関係だと言い切れる根拠も見当たらない。
尾崎氏の楽曲には、学校教育や教師への強い否定が繰り返し描かれている。それは、まじめな若者にとっては現実からの「逃避」を、逸脱傾向のある若者にとっては「反抗の美化」を与えた側面があったのではないか。
学校や教師の権威を一方的に貶めることは、学校における指導の実効性を弱める。その影響は、最終的に若者自身に返っていく。不幸な構図である。
もちろん、すべての若者が彼の影響を受けたわけではない。しかし、彼の楽曲との出会いが、結果として人生にマイナスに作用した人がいた可能性は否定できない。それにもかかわらず、彼の楽曲が無批判に美化され、今なお放送され続けている状況には疑問を感じる。
大人であれば、「歌は歌、現実とは別」と距離を取って受け止めることもできるだろう。しかし、価値観が未成熟な若者にとって、言葉はより直接的に、ストレートに心に響いてしまう。その影響の重さを、メディア、とりわけ放送に関わる側は、より慎重に考えるべきである。
高校は義務教育ではない。学ぶことが嫌であれば、中学卒業後に自立して働くという道もある。にもかかわらず、学業も自立も拒む姿勢が肯定されるとすれば、それは努力を避ける態度を正当化することにつながりかねない。反抗を美しく描く表現が、現実から目を背ける口実として機能してしまうなら、その影響は決して軽いものではない。