箱根駅伝で死に物狂いに走る学生の姿を見て、強い違和感を抱いた。本来、学生の「運動」は心身の健やかな発達を目指すべきだが、現在の「運動」は勝利や興行を優先し、若者に健康や寿命を削るような無理を強いている。
ボクシングの脳損傷やマラソンの内臓へのダメージ、野球による肩の故障など、限界を超えた酷使は一生残る後遺症のリスクを伴う。実際、日本の学生アスリートの約6割が怪我を経験し、その多くが再発や慢性的な痛みに苦しんでいるという調査結果がある。「感動」という名の下、教育の場で肉体を削り合う「見世物」を正当化すべきではない。こうした過酷な競技は、自己責任が取れる大人の「興行」(プロ)として切り離すべきであろう。
海外に目を向ければ、ノルウェーのように11歳まで順位をつけず、全国大会も行わない国がある。彼らは「勝つこと」より「運動を楽しむ権利」を優先しているが、結果として大人になってから世界一のメダルを争う選手を多く輩出している。
学生の間はメダルやトロフィー、賞状に縛られず、休日に他校と優劣をつけずに戦う「交流」としての活動で十分である。メダルがあるから体を傷つけるところまでやらなければいけなくなる。勝敗を競うことよりも、純粋な楽しみとして心身を育む安全な「運動」を保障すべきだろう。