もう一つの視点

真理は少数から始まる

警察不在の地政学-日本が生き残るために

 世界は今、かつての「世界の警察」が不在となり、剥き出しの「暴力と利権」が支配する極めて危険な時代に突入している。これまで国際秩序を維持してきたアメリカが、ベネズエラ攻撃に見られるように自国の利益のために他国の主権を破壊する「最強の当事者」へと変貌した事実は重い。この暴挙は、ロシアや中国などの大国に対しても「軍事力さえあれば何をやってもいい」という事実上の免罪符を与えてしまった。正義や誠意といった道徳的な訴えが通用しない弱肉強食の世界において、日本が生き残るためにはどうすればよいのだろうか。

 軍事的に米・中・露といった核保有大国に勝つことができない日本にとって、日本列島が主戦場となる事態だけは何としても避けなければならない。米中衝突が起きれば、沖縄をはじめとする日本各地の基地やインフラがミサイル攻撃の標的となり、戦後築き上げてきた平和な生活が瞬時に破壊されるリスクは低くない。政府が先島諸島の住民12万人を避難させる計画を策定し、過去最大の防衛予算を投じて自前の反撃能力やドローン防衛を急いでいるのは、もはや「条約があるからアメリカが必ず助けてくれる」という楽観論が通用しなくなったことの裏返しでもある。

 日本がこの無法な時代を生き抜くための唯一の武器は、相手に「攻撃すれば自らも破滅する」と思わせる経済的な「相互依存の鎖」しかないだろう。現在、中国が自力で製造できないハイテク部品や精密装置を日本が供給し続けることで、日本への攻撃が中国国内の産業停止や大量失業に直結する状況を維持している。法や正当性、誠意、友情に期待するのではなく、相手の生存本能と利害に訴えかけることで、かろうじて戦争のブレーキをかけることができるかもしれない。

 日本に許された道は「アメリカを繋ぎ止めつつ、自力で持ちこたえる盾を持つ」という極めて困難な二正面作戦となる。平和を「与えられた権利」と見なす時代は終わった。なんでもありの世界で、いかに利害を説き、最悪の衝突を回避し続けるか。場当たり的な言動では乗り切れない。周到な分析と計画、準備が必要である。