国際会議や首脳会談のたびに首相が代わるような不安定な政治は、国際的な信用を失い、国力の低下を招く。今の日本に求められているのは、代表たちの不祥事が目立つ新興政党が、耳当たりのよい言葉で権力に近づくことではない。必要なのは、国内外から信頼される、重厚で安定した二大政党制の確立である。
今回の選挙では、その受け皿となる勢力が生まれつつあり、実績ある人材もいる。2月8日の衆院選は、この国の土台を築けるかどうかを決める歴史的な転換点となり得る。私たちは、政治の成熟に向けた大きな一歩を踏み出すことが必要である。
選挙戦が始まれば、候補者からは魅力的な言葉だけが叫ばれる。選挙期間中の発言は「言ったもの勝ち」の状況だ。党内や官僚、学者などの指摘で公約が実現されなくても、責任を問われることはない。むしろ実現されない発言の方が多いのが現実である。そのため、適切な根拠のない無責任な発言内容で候補者を選ぶのは賢明とは言えない。
また、パフォーマンスや印象で選ぶべきではない。候補者が頭を下げて「お願いします」と繰り返しているが、何をお願いしているのか不明である。お願いされて投票する性質のものではない。マイクを通し、大声を張り上げて有権者の感覚を麻痺させ、勘違いを誘発して自分への投票を促す行為も、真の民主主義の土台を壊すものだ。立候補者たちは、国会議員の仕事を何だと思っているのだろうか。国政選挙は、笑顔や握手、お辞儀、声量などで決める人気投票ではない。有権者の判断を曇らせるパフォーマンスを排し、辞職をかけた責任ある具体論を普通の音量で語る。これならば、選挙演説を行う意味も出ててこよう。これまで政治の混迷や不安定な状況が続いてきた背景には、有権者の投票基準にも課題があったことを自覚する必要がある。
さらに、テレビ報道にも注意が必要である。ジャニーズ問題やパワハラ問題などを見てわかるように、メディアは必ずしも客観的な報道を行っているわけではない。伝える順番を調整したり比重を変えたりしながら印象操作を行ったり、そもそも自らの主張に合わない事実を報じなかったりするなど、情報の扱いには意図的な偏りがある。政治家側からの直接の圧力のみならず、官僚OBやスポンサー企業、広告会社など、多様な利害関係としがらみに縛られているのが実情だ。そのうえ、自己保身と利益追求を優先する体質では、公平・公正な報道など到底不可能であろう。テレビの情報を無批判に信じ、投票先を決めることは避けるべきである。
候補者の演説やテレビ局の情報には、冷静な判断を妨げる側面がある。誰に投票するかを決める際は、候補者の発言やテレビの情報、そして特に学者でもない無責任なコメンテーターによる個人の感想などに惑わされてはならない。誰に投票するかを決める場合は、候補者の言葉やテレビの印象ではなく、候補者が過去に何をしてきたかという事実(学歴、職務上の実績、政治行動、不適切行為や犯罪行為等)のみによって決めるのが最善であろう。