教育現場の深刻な教員不足が叫ばれて久しい。 その現場を支えているのは、定年退職後も教壇に立ち続けるベテランの臨時的任用教員(講師)たちである。 しかし、このベテランたちを待ち受けているのは、労働の正当な対価とは程遠い、あまりに不条理な給与体系である。
具体的には、60歳を境に「2級(教諭)」から「1級(講師)」へと格付けが引き下げられ、給与が「7割水準」にまで削減される。 最大の問題は、給与が3割カットされる一方で、仕事内容や責任の重さは現役時代と1ミリも変わらないという点にある。 担任を持ち、部活動を指導し、若手の育成まで担う。 まさに「同じ仕事」でありながら、賃金にだけ巨大な格差がつけられているのである。
なぜこのような「ごまかし」が許されるのか。 行政側は「1級という別の職種として新たに採用した」という形式的な理屈を盾にする。 裁判所もまた「行政の裁量」という言葉を使い、この明白な格差を「合法」として追認し続けてきた。 行政は、65歳の年金受給が始まるまで働いて生活を安定させるという、労働者の「切実な弱み」を完全に見透かしているのである。 その「辞めるに辞められない生活の足元」につけ込んで、本来の価値よりも不当に安い賃金で働かせているのが実態だ。 これは、国家による卑怯な人件費の搾取と言わざるを得ない。
民間企業では、最高裁が「定年後の著しい給与減額は不合理」との判断を示し始めている。 しかし、公務員だけが「法の抜け穴」によって、この不公平な制度の中に置き去りにされている。 年金受給開始までの生活の不安という弱みにつけ込み、安価な労働力としてベテランを使い倒す制度は、正義や人権を無視していると言わざるを得ない。
現場の教師たちが求めているのは、過度な優遇ではない。「同一労働、同一賃金」という常識であり、「働いた分だけの正当な対価」という当たり前の正義である。
今の時代に、まだこのようなことが堂々と行われている。この不条理な「7割措置」の真実を、唯一権力を持っている政治家が認知して改善することは難しいのだろうか。