もう一つの視点

真理は少数から始まる

「~に違いない」

 学術論文で「きっと、~に違いない」という表現を見かけることはない。しかし、自治体のプロジェクト報告書などを読むと、この表現が多用されているケースが散見される。

 冷静に分析すれば、「きっと、~に違いない」は奇妙な言い回しだ。事実なら「~である」と断言すればいい。証拠がないのなら、主観を排して「~ではない」と書けばいい。はっきりしないのであれば、「~は不明である」「~の可能性がある」などと記すべきだろう。「きっと、~に違いない」と主張されても、読み手は困惑する。むしろ、そのような記述に出会うと私は警戒してしまう。相手を煙に巻こうとする、不誠実で信ぴょう性に欠ける表現に思えてならない。

 おそらく「~に違いない」は、専門外の人間が調査を行い、確たる証拠を欠いたまま「これが正しい」と主張したい時や、強引に他人を説得しようとする際に使われるのではないだろうか。

 公的な場や論理的整合性が求められる文章においては、客観的な事実や根拠を丁寧に積み上げた上で、「こうではないだろうか」と控えめに、かつ論理的にまとめるのがちょうどいいだろう。