もう一つの視点

真理は少数から始まる

日本の「甘さ」がターゲットにー計画犯罪に対する厳罰化

「埼玉県は、梨の次はシャインマスカットか」ということをラジオで話していたので、何のことか分からず調べてみたら、大規模な盗難が続いているということらしい。

計画的に夜間に盗みを働く卑劣な犯罪グループがあり、彼らは「捕まっても大した罪にはならない、執行猶予で自分の国に返されるだけだ」と、日本の法律を完全になめているようだ。

突発的な喧嘩ならまだ人間の感情として酌量の余地もあるが、最初から悪意をもって計画的に大量に盗みにくる悪い集団に甘い顔をする必要はない。懲役10年でも20年でも、計画的で悪質な犯罪者が「それなら盗むのはやめよう。わりにあわない」と思う程度の刑罰にすればよい。それをニュースなどで周知徹底すれば、犯人はほとんどいなくなるはずである。それでも盗みたければ、その年数の懲役を覚悟して盗めばよい。

しかし問題は、これに対して他の刑罰との「バランス」などといった関係のない理屈を持ち出して、厳罰化を邪魔している専門家や政治家たちがいることである。被害者の絶望や大きな損害から目を背け、犯罪が減るほどの厳しい刑罰を科すことを妨げれば、結果として今後も犯罪を擁護、助長することになってしまう。

一部の正論は、総合的な正論ではないのである。

喧嘩や殺人など感情的になり突発的に犯してしまったような犯罪は別にして、周到な計画のもとに行われた犯罪について必要な厳罰をためらってしまえば、結局は犯罪者にとって都合のよい状況を守ることになる。専門家や政治家たちには、よいことなどしなくてよいから、邪魔だけはしないでもらいたい。黙って静かにしていてほしい。

時代はどんどん変わっている。日本の家庭教育や道徳教育を受けてこなかった人たちが、日本に大量に入ってきている。優しくて性善説の日本人が、外国の悪い人たちの恰好のターゲットになっている。指をくわえて見ているのはおかしいだろう。外国から、ますます日本が馬鹿にされてしまう。